大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和32年(オ)21号 判決

上告人 星野保政

被上告人 寺尾貞子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人野村均一、同大和田安春の上告理由第一、二点について。

大審院は、いわゆる内縁を「将来ニ於テ適法ナル婚姻ヲ為スベキコトヲ目的トスル契的」すなわち婚姻の予約であるとし、当事者の一方が正当の理由なく、約に違反して婚姻をすることを拒絶した場合には、其の一方は相手方に対し、婚姻予約不履行による損害賠償の義務を負う旨判示し(大審院大正二年(オ)第六二一号 同四年一月二六日民事連合部判決、民事判決録四九頁)、爾来裁判所は、内縁を不当に破棄した者の責任を婚姻予約不履行の理論によつて処理し来り、当裁判所においても、この理論を踏襲した判例の存することは、論旨の指摘するとおりである。

ところで、いわゆる内縁は、婚姻の届出を欠くがゆえに、法律上の婚姻ということはできないが、男女が相協力して夫婦としての生活を営む結合であるという点においては、婚姻関係と異るものではなく、これを婚姻に準ずる関係というを妨げない。そして民法七〇九条にいう「権利」は、厳密な意味で権利と云えなくても、法律上保護せられるべき利益があれば足りるとされるのであり(大審院大正一四年(オ)第六二五号、同年一一月二八日判決、民事判例集四巻六七〇頁、昭和六年(オ)第二七七一号、同七年一〇月六日判決、民事判例集一一巻二〇二三頁参照)、内縁も保護せられるべき生活関係に外ならないのであるから、内縁が正当の理由なく破棄された場合には、故意又は過失により権利が侵害されたものとして、不法行為の責任を肯定することができるのである。されば、内縁を不当に破棄された者は、相手方に対し婚姻予約の不履行を理由として損害賠償を求めることができるとともに、不法行為を理由として損害賠償を求めることもできるものといわなければならない。本件において、原審は、上告人の行為は所論の如く不法行為を構成するものと認めたものであるが、上記説明に徴すれば、これをもつて違法とすることはできない。論旨は採るをえない。

同第三点について。

本件当事者間の内緑関係は昭和二八年三月二一日上告人の一方的意思によつて破棄されたこと、被上告人は上告人と別居するにいたつた昭和二七年六月二日から昭和二八年三月三一日までの間に、自己の医療費として合計二一四、一三〇円を支出したことは、いずれも原審の確定したところである。そして、内縁が法律上の婚姻に準ずる関係と認むべきであること前記説明の如くである以上、民法七六〇条の規定は、内縁に準用されるものと解すべきであり、従つて、前記被上告人の支出した医療費は、別居中に生じたものであるけれども、なお、婚姻から生ずる費用に準じ、同条の趣旨に従い、上告人においてこれを分担すべきものといわなければならない。そして、原判文の全趣旨に照らすと、原審は、本件当事者間における一切の事情を考慮した上、本件内縁関係が破棄せられるまでの間に、被上告人の支出した医療費のうち金二〇〇、〇〇〇円を上告人において分担すべきものと判断したことを肯認することができるのであつて、原判決には所論の如き理由そごの違法はなく、所論は採るをえない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

上告人代理人野村均一、同大和田安春の上告理由

第一点原判決は判決に理由を付さない法令違背がある。

原判決はその理由に於て、「よつて原、被告間の内縁関係は、昭和二十八年三月二十一日、被告の一方的意思によつて破棄されるにいたつたものであるところ、被告の右行為は、前述認定のような同居生活中の実情と相まつて、夫としての義務を欠き、妻に対する無理解による甚しく信義誠実にかけるところがあるものというべきであつて、(中略)原告の精神的苦痛は極めて大きいことがうかがわれ、右精神的苦痛は被告の前示不法行為に因るものであるから、被告において、之を慰藉すべき責任を負うものといわねばならない」とし内縁関係の不当破棄が当然に不法行為であるかの如き判示をなしているのである。

然して、不法行為は、いうまでもないことであるが、民法第七百九条に規定されている如く、他人の権利を侵害し、その結果として損害が生じたことが要件である。即ち、行為者が故意又は、過失をもつて違法な行為をなし、その結果、何らかの違法な法益侵害がなければならないのである。他方、内縁とは実質上婚姻生活をしていながら法律上の方式、即ち婚姻の届出がないために法律上婚姻と認められない夫婦関係である。

内縁ということは、本来民法で認められた関係でなく、種々問題が生ずるのであるが、これを正当の理由なく破棄した場合、いわゆる内縁の不当破棄という問題が起きる。学説上この法律的性質について様々な論議がなされているが、内縁関係を不当に破棄した場合、それが当然に不法行為になるとはいえない。不法行為と不当破棄とは本来別個の問題で直接的関係はなく、不法行為の要件にそれが合致した場合に於て、始めて、不法行為の問題が起きるのである。このことは東京控訴院大正八年(ネ)第二六六号大正八年十二月十四日判例に於ても示されている通りで、内縁関係の不当破棄が不法行為となるならば、その関係を判断されなければならないことは当然で、原判決はこの点に関して何らの判断も示さず漫然「前示不法行為に因る」とするのみで上告人の内縁関係の一方的破棄そのものが不法行為であるとするが、これは内縁関係の不当破棄と不法行為との関係を混同したものというべく、何故、内縁関係の不当破棄が不法行為となるかの理由を示していない違法があるというべきである。

第二点原判決は判例に違背し、法令の解釈を誤つたものである。

原判決が内縁関係の不当破棄が不法行為であるとしていることは前記第一点に於て指摘した通りであるが、大正四年一月二十六日、大審院聯合部判例によれば、「婚姻ノ予約ハ将来ニ於テ適法ナル婚姻ヲ為スヘキコトヲ目的トスル契約ニシテ其契約ハ亦、適法ニシテ有効ナリトス。法律上之ニ依リ当事者ヲシテ其約旨ニ従ヒ婚姻ヲ為サシムコトヲ強制スルコトヲ得サルモ、当事者ノ一方カ正当ノ理由ナクシテ其約ニ違反シ婚姻ヲ為スコトヲ拒絶シタル場合ニ於テハ、其一方ハ相手方ガ約ヲ信シタルガ為メニ被リタル有形、無形ノ損害ヲ賠償スル責ニ任スヘキモノトス」(民録二十一輯四十九頁)として、いわゆる内縁を、法律上有効として認め、婚姻予約の理論を適用し、その不当破棄は婚姻予約の不履行、即ち民法上の債務不履行なる法理を示したのである。そして以後判例に於ては右理論を踏襲し内縁の不当破棄については婚姻予約理論に基いて、慰藉料などの損害賠償を認めているのである。

戦後、民法、親族、相続法などの改正はあつたが、下級裁判所に於てもこの理論は承継され、貴裁判所においてもなんら右理論を変更されず、いわゆる内縁の不当破棄の問題に答えて「原審はその認定した事実に弁論の全趣旨を綜合して、上告人は正当の事由がなくして本件婚姻予約の履行を不能に陥らしめたものと認めたものであつて、その判断は経験則に違背するところもなく、所論のように予約不履行の法理を誤つた等の違法はない」(昭和二五年(オ)第二八八号最高裁第三小法廷・集六巻九号八四九頁)として、内縁を婚姻予約としてとらえ、それを当然の前提としていること明らかである。学説上、この場合も講学上の準婚関係としてとらえ、不法行為の理論を適用すべしとの主張はあるが、判例は一貰して内縁関係の不当破棄は婚姻予約理論を適用しているのは前述の如くである。

ところが原判決はこの法理をとらず、内縁関係の不当破棄は不法行為であるとし、貴裁判所とも異つた見解を示しているのである。この点に於て原判決は重大な法令違背があり、しかも、債務不履行に基く損害賠償と不法行為に基くそれとは、その性質も異り、その損害額に於ても影響を及ぼすこと明らかで原判決はこの点に於ても破棄を免れない。

第三点原判決は理由に齟齬ある法令違背がある。

一、もし仮りに原判決に於て内縁関係の不当破棄を婚姻予約の不履行であると認定されているものであるとしても原判決が被上告人の医療費は「原告が被告と事実上の夫婦である時期に於て出費されたこと前示認定の通りである。而して夫婦は互に協力し、扶助し合わねばならないものであり(中略)民法第七百五十二条、民法第七百六十条の規定するところであつて、(中略)同条は、事実上の夫婦である、いわゆる内縁関係にあるものについても準用されるものと解するので」として上告人の負担すべきものであるとしていることと、その理論に於て相矛盾するものがあるというべきである。即ち、前者に於ては内縁を婚姻予約としてとらえ、後者に於ては内縁をいわゆる講学上の準婚としてとらえていることとなり、同一の内縁関係について、かくの如く二様に解されることは論理上統一を欠いたものといわざるを得ず従つてもし仮りに原判決が内縁の不当破棄に関して、内縁を婚姻予約との理論をとつているものとすれば理由齟齬があるものというべく、この点に於て破棄を免れない。

二、次に原判決は「よつて原、被告間の内縁関係は昭和二十八年三月二十一日、被告の一方的意思によつて破棄されるにいたつたもの」としながら、他方、本件医療費の認定理由に於て、「証人寺尾勝次郎の証言の結果、真正に成立したと認められる甲第三号証の一、二によれば(中略)三万二千三十円であること、又成立に争ない甲第四号証の一乃至十八によれば昭和二十七年七月二十五日以降、同二十八年三月三十一日までに原告の国立名古屋病院に入院療養に要した費用は十八万二千百円であることがうかがわれ(中略)右医療費は原告が被告と事実上夫婦である時期に於て出費されたこと前示認定の通りである」としている。

而して原判決は上告人と被上告人との内縁関係が解消された時期は昭和二十八年三月二十一日であるとされたに拘らず、右事実に反し既に事実上夫婦である時期をすぎた、昭和二十八年三月二十一日から昭和二十八年三月三十一日までの国立名古屋病院の医療費を「事実上夫婦である時期」に於て出費されたものであるとしていることは、両者相矛盾するものであることは明白なことでまさに理由齟齬というべく、この点に於ても破棄を免れない。

以上

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